ハラスメントは「倫理」の問題である

ハラスメントという言葉が世の中に浸透し、昔ながらの分かりやすいハラスメントは減ってきたように感じます。
長時間怒鳴り続ける、物を投げつけるといったパワーハラスメントは見かけなくなりましたし、身体的接触を伴うセクシュアルハラスメントも少なくなってきました。
その一方で、職場では白黒をつけがたい「グレーゾーン」のハラスメントが増えています。同僚との何気ない雑談の一言が、ある日突然「ハラスメントだ」と訴えられる。そんな事案に頭を悩ませている人事・労務担当者の方も多いのではないでしょうか。
このコラムでは、グレーゾーンのハラスメントがなぜこれほど扱いにくいのかを「倫理」という視点から読み解き、職場として、そして個人としてどう向き合えばよいのかを考えます。
明らかなハラスメントは減り、グレーゾーンが増えている
明らかなハラスメント事案は時代の変化とともに減ってきたと言えますが、一方でハラスメントの相談自体は増え続けています。
厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査 報告書(令和2年度)」によると、「いじめ・嫌がらせ」の相談件数は平成19年度以降、毎年増加しています。
これはハラスメントそのものが増えているというよりも、ハラスメントに対する意識の高まりにより、これまで表面化していなかった事案が表に出てくるようになったためと考えられます。
しかしながら、企業の人事・労務担当者に話を聞くと、事はそう単純ではありません。
誰が見てもハラスメントと言える事案が減った代わりに、白黒をつけがたいグレーゾーンのハラスメントが増えているというのです。
そのため、ハラスメント研修を実施している企業では、ハラスメントと「確実に言える」事案を扱うのではなく、グレーゾーンのハラスメントについて考える内容へと移行しているようです。
ハラスメントは「倫理」の問題である
当社もグレーゾーンのハラスメント研修を実施していますが、その中で、このテーマを扱うことの難しさを痛感しています。
一言で言えば、ハラスメントは「倫理」の問題だからです。
倫理の問題であるからこそ、現時点で唯一の答えはなく、人によって見解が分かれてしまうのです。
事例で考える:「結婚しているか」はハラスメントか
どういうことか、具体的な事例をもとに考えてみたいと思います。
事例:ランチでの何気ない雑談
一般社員のA氏が、同じく一般社員である同僚のB氏とランチで雑談をしていました。
A氏がB氏に「結婚しているか」と尋ねたところ、ハラスメントだと訴えられてしまいました。
このケースはハラスメントに該当すると考えられるでしょうか。
ここでは二人の背景情報を記載していませんが、どのような背景であれば「ハラスメントである」「ハラスメントではない」と判断できるでしょうか。
よくある2つの見解
よくある回答としては、次のようなものがあります。
- 何気ない雑談であり、一般社員同士のフラットな会話であれば、仮に望まない話題が出たとしても、それだけをもってハラスメントとは言えない
- プライベートな話題は、たとえ雑談であっても業務上必要性はなく、相手が望まない内容だとしたらハラスメントと言える
見解を分けているのは「倫理観」の違い
他にも様々な見解があるでしょうが、ここで問題にしたいのは「倫理」です。
まず、このケースをハラスメントと判断した人は「プライベートなこと、特にパートナーの有無について他人に聞くべきではない」と考えています。
一方で、ハラスメントではないと判断した人は「パートナーの有無を確認する程度であれば、日常会話の一環として聞いても良い」と考えています。
プライベートであれば「合う・合わない」の問題として距離を取ることができますが、職場ではそうはいかないため、問題となってしまうのです。
どこまでのプライベートな質問なら許されるのか
それでは、どの程度の内容までであれば、プライベートな質問をしても許されるのでしょうか。
性的な嗜好であれば、ほぼすべての人がNGと考えるでしょう。
では、家族構成はどうでしょうか。パートナーとの関係性については。その人の出自に関することは。学歴はどうでしょうか。
それぞれの問いに対して、人によって見解が分かれるはずです。
このようなグレーゾーンは、ハラスメントの中でも特に取り扱いが難しいものです。
裁判の判決でも“正解”は出ない
実際に裁判になれば、ハラスメントの類型に応じて、業務上の必要性などその時々の文脈が加味されたうえで判断が下されます。
ただ、裁判で下された判決が「正しい」かというと、簡単にそうとは言い切れません。
当事者双方が判決に完全に納得することも少ないでしょう。
なぜ、このようなことが起きてしまうのでしょうか。繰り返しになりますが、それは倫理の問題だからです。
倫理とは「善し悪し」を判別する基準
倫理とは「善し悪し」を判別する基準です。
(そもそも善し悪しとは何かを問うメタ倫理という領域もありますが、ここでは踏み込みません)
「会社では●●すべきである」「会社では●●すべきではない」といった考えは、いずれも個人の判断基準を反映したものです。
グレーゾーンのハラスメントが難しいのは、具体的な事例を通して、まさに倫理について議論しているからに他なりません。
「何が善で何が悪なのか」。人によって大きく異なる倫理観が、ハラスメント防止意識の広がりによって、会社の中で具体的な事例として表面化するようになったのです。
職場だからこそ「ハラスメント」として表面化する
プライベートであれば、ハラスメントと呼ぶまでもなく、話し合いや時には口論の末に解決されます。解決できなければ距離を置くこともできます。しかし、その場が会社であれば、ハラスメントとして社内で議論すべき事案となってしまいます。
グレーゾーンのハラスメントにどう向き合うか
それでは、どうすれば良いのでしょうか。
「唯一の正解」を求めるのをやめる
まず前提として、グレーゾーンのハラスメントに「唯一の正解」を求めること自体をやめるべきだと考えます。倫理の問題である以上、誰もが納得する正解は存在しません。
研修で「この事例はハラスメントです」「これはセーフです」と答えを示したとしても、受講者の倫理観が変わらなければ、それは単なる知識として通り過ぎてしまいます。
正解を教えるのではなく、対話で「職場の共通認識」をつくる
必要なのは、正解を教えることではなく、「この職場ではどう考えるか」を対話によって合意していくことです。
グレーゾーンの事例を題材に議論すると、同じ職場の同僚同士でも、驚くほど見解が分かれることに気づきます。自分にとっての「当たり前」が、隣の席の人にとっては「当たり前ではない」。この違いを知ること自体に大きな意味があります。
グレーゾーンを扱う研修の価値は、答え合わせではなく、互いの倫理観の違いを可視化し、職場としての共通認識をつくるプロセスにあるのです。
カスタマーハラスメント対策にも通じる考え方
この考え方は、2026年10月から事業主の措置義務となったカスタマーハラスメント対策にも通じます。
顧客からの要求が正当なものか、行き過ぎたものかの判断は、現場の社員によって大きく異なります。ある社員は「お客様の要望には最大限応えるべきだ」と考え、別の社員は「ここから先は受け入れるべきではない」と考える。ここにもやはり倫理観の違いがあります。
担当者個人の判断に委ねるのではなく、社内で対話を重ね、組織としての共通認識をつくっておくことが求められています。
個人としては「判断の軸」を持つ
とはいえ、日々の業務の中で、毎回議論をしてから発言するわけにはいきません。そこで個人としては、白黒の答えではなく「判断の軸」を持っておくことが有効です。たとえば、次のような観点で自らの言動を点検してみると良いでしょう。
関係性
相手とは上下関係にあるのか、対等な関係なのか。立場が上の人からの質問は、同じ内容でも相手にとって断りにくいものになります。
目的
その発言や質問は業務上必要なものか、それとも単なる興味や好奇心によるものか。
相手の受け止め
自分ではなく相手の立場に立ったとき、その言葉はどう聞こえるか。
場面
一対一の場なのか、周囲に人がいる場なのか。
冒頭のA氏の例でいえば、「対等な同僚との雑談であり、業務上の必要はないが、相手の反応を見ながらであれば許容されうる」といった具合に、少なくとも自分の判断の根拠を言語化できるようになります。答えは出なくとも、考え方の筋道を持っているかどうかで、言動の質は大きく変わるはずです。
「違和感を伝え合える関係」をつくる
そして最後に強調したいのが、「違和感を伝え合える関係」をつくることの重要性です。
先に述べたように、プライベートであれば価値観の衝突は話し合いで解決されます。職場でそれができずにハラスメントという形で表面化してしまうのは、小さな違和感を伝える機会や関係が失われているからではないでしょうか。
「その質問は少し答えにくいです」と率直に伝えられる。言われた側も「失礼しました」と素直に受け止められる。このようなやり取りが日常的にできる職場であれば、グレーゾーンの多くはハラスメント事案になる前に解消されるはずです。
まとめ
- 分かりやすいハラスメントは減った一方、白黒をつけがたいグレーゾーンのハラスメントが増えている
- グレーゾーンが難しいのは、それが人によって異なる「倫理」の問題だから
- 研修や社内の取り組みでは「唯一の正解」を求めず、対話によって職場の共通認識をつくる
- 個人としては「関係性・目的・相手の受け止め・場面」という判断の軸を持つ
- 小さな違和感を伝え合える関係が、グレーゾーンをハラスメント事案にしない土台になる
ハラスメント防止は、ルールや知識の問題であると同時に、相手の立場を想像し、違和感を率直に伝え、それを受け止めるといったソフトスキルの問題でもあります。異なる倫理観を持つ人々が共に働く以上、衝突は避けられません。重要なのは衝突をなくすことではなく、衝突を対話によって乗り越えられる組織をつくることです。
2026年に鬼籍に入られたドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマスは、規範の正しさは、それに関わるすべての人が対等な立場で議論し、納得できるかどうかによって決まると考えました。正しさは誰かが一方的に与えるものではなく、対話の中で形づくられるものだというのです。グレーゾーンのハラスメントに向き合う職場に求められているのも、まさにこの姿勢ではないでしょうか。
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このコラムを書いた人

株式会社EdWorks
株式会社EdWorks(エドワークス)は、ビジネスパーソンの能力開発を通して、個人の自己実現と企業・組織の生産性向上を実現します。
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